月収10万円あれば食える時代に、どう生きるべきかを考える

目安時間:約 10分

多くの人が洗脳されていること。

それは生活水準を下げることは不幸だということ。

しかし、どうやらそれは必ずしも正しいわけではないらしい。

 

今回はそういう話。

 

からを破る

 

標準という幻想

僕たち日本人がなんとなく頭に刷り込まれている常識。

 

小中高大と学歴をつみ、大きくて安定した企業に就職し、就職したら恋愛結婚をして、子どもをつくり、家を買い、定年まで働き、老後を年金で暮らし、人生を終える。

それが標準コースだということ。

 

これが100点満点で、

  • 大学ではなく専門学校卒
  • 大手企業ではなく中小企業
  • 金融ではなく飲食
  • 持ち家ではなく賃貸

あとは減点方式で人生が決まっていくということ。

標準コースから離れれば離れるだけ、幸福度が下がっていくという感覚。

それが、なんとなーく頭に刷り込まれている。

しかし、これは本当に正しいのだろうか・・・

 

考えない人たちにとってはこれは正しい

結論から言うと、何も考えられない人たちにとってこれは正しい

というのも、人間何かをする時に、どうしても基準というものを意識する。

基準となる物があって、それと比べて自分はどう行動するべきかを決める。

それが人間らしい行動なのだ。

 

もし、基準となるものがなかったとしたら、どうなるだろう。

 

自分で考え、行動できる人たちにとっては、大した問題ではない。

自分で考え、自然の法則と言うものを見つけ出し、それにあわせて行動を決めていく。

 

しかし、自分で考え、行動できない人たちはどうなるだろう。

その場で立ち尽くし、「誰か助けてくれ。」「責任者はいないのか。」と叫び、路頭に迷う。

 

つまり多くの人たちにとって、悩みのタネとなる『人生の標準コース』こそが人生の羅針盤なのだ。

 

しかし、気がついたアナタは異なる

おそらく僕のブログに到達したアナタは、きっと何も考えられない側の人ではなく、気がついてしまった側の人なのだろう。

「あれ?この標準コースなんかおかしくない?」

「確かにめっちゃ不幸にはならないけど、全然幸福感がないし、人生が充実してなくない?」

ということに。

 

標準コースは世界基準では異常レベル

なぜ、標準を意識するとこんなにも幸福から遠ざかっているような気になるのか。

 

それはおそらく、戦後の方々の努力の結果、日本が非常に豊かな国だからだろう。

 

フリーターですら年収200万円程度なら簡単に稼げてしまう日本。

実はこれがどれだけすごい金額なのかということを、多くの人は知らない。

年収200万円という金額は、世界規模で見れば上位10%より上に入る部類なのだ。

ここ50年くらい日本人がめちゃくちゃ頑張った結果、日本はそれほどの豊かさを手に入れることができたのだが、一方それを手に入れるためには、僕たちもめちゃくちゃ頑張らなければならないことになった。

 

 

標準コースを手に入れたいのか?

 

しかしここで、僕たちは改めて考えなければならない。

はたしてその標準コースというものを、僕たちは本当に求めているのかと。

この問に関しては、賛否両論あるだろう。

プライドが高めの傾向にある人は、当たり前の暮らしを手に入れなければ不幸だ!というだろうし。

自我が強めの傾向にある人は、人は人、俺は俺、みんな違ってみんな良い。俺はご飯を食えさえすればいいというだろう。

その辺りは価値観の違いによるものなのだ、標準コースを求めているかどうかは人によって異なる。

ここで問題なのは、標準コースを求めていないのに、それを手に入れなければならないという『義務感』を持っている人だ。

 

2軸を持って生きるのは

標準コースを求めていないのに、それを手に入れなければならないという義務感を持つと言うのは一体どういうことだろうかというと。

自分の心は、別に一生懸命働かなくてもいいから、時間にゆとりを持って生活したいと感じていて。

実際の行動は、標準コースから脱落してはいけないから、一生懸命働く時間を作り出している。

つまり、思考と行動が真逆になっているということ。

こういう人に限って、「時間を生み出すためにネットビジネスをやるぞ!」と意気込み、「むしろ自分の時間が減ってる!やってられねー!」と言って結果が出ない。

結果として時間とお金だけが無駄になる。

本当によくあるパターンだ。

 

月収10万円あれば最低限生活できるという現実

そういう方に知ってほしいことは、日本では月収10万円もあれば余裕だということだ。

家に3万、光熱費1万、食費5万、交通費1万。

合計10万円。

これだけあれば都会であろうと田舎であろうと十分に暮らせる。

 

事実、僕は千葉県の東京寄りの端っこ、東京駅まで30分位のところで、上記より少し低い金額で生活していた。

洋服などは買わなかったし、買ってもGUとか古着屋とか、激安のものを手に入れる程度。

汚かったり臭かったりしなければ人は何も言わない。世の中そういうものだ。

 

田舎だったら食費と家賃をもう少し押さえて、交通費や光熱費がもう少し上がるということになるだろう。

それにしても10万円あれば生活することが出来る。

 

自分の心は時間の余裕を求めているのに、標準コースに合わせるために真逆の行動をするのは、本当に幸福なのか。

それを改めて考えてみる必要がある。

結果、標準コースに合わせる必要がないということになれば、時間が増えて収入が減るという選択をとるべきだと僕は思う。

 

なぜなら、人は何かを手に入れた時に幸福を感じるのではなく、心に余裕ができた時に幸福だと感じるものだからだ。

人によっては金銭的な余裕ができた時、一番の幸福を感じるのかもしれない。

人によっては時間的な余裕ができた時、一番の幸福を感じるのかもしれない。

どちらが時間とお金、どちらが優先されるのか。

これはかなり大きなポイントだ。

 

それ以上稼ぐな!という訳ではない

では、時間もお金もどちらも手に入れるのは間違いなのかというと、決してそうではないということには注意して欲しい。

時間のゆとりを手に入れたら、空いている時間で時間に融通のきく仕事を始めればいい。

それはネットビジネスかもしれないし、近所の人を相手にした小さなビジネスかも知れない。

それで金銭的な部分を補い、『標準よりも低い身の丈にあった安定+時間に融通のきく副収入』というライフスタイルを確立すれば両方が手に入る。

逆に時間のゆとり派の人は、とにかく一生懸命働き、できたお金で人を動かして別の収入口を作っておけば、仕事を失う不安や、将来今のように働けなくなったときのための保険にもなるだろう。

大事なことは、どちらにしてもバランスであり、かつ、頭でお金を計算にいれるのではなく、心がどちらを欲しているのかを知ることだ。

そうすれば選び間違えることはありえない。

 

 

僕たち日本人は、少し頑張れば住居や食料が手に入るという『ある程度の豊かさ』を持って生まれてきた。

これは戦後の方々の努力によって蓄えてきた日本の貯金のおかげであり、本当に頭が上がらない。

そんな蓄えのおかげで、最低限の生活をぼちぼち働くことによって手に入れることができる。

 

それを最大限活用して、自分サイズの幸せなライフスタイルを手に入れるために。

 

 

食える部分をキープするために労働し

広告費や学習費のために労働し

空いた時間でビジネスをして

車や持ち家、時計、ペット、趣味の習い事などの贅沢はビジネスで稼いでから手に入れる

 

そういう考えを持てば良いのだはないだろうか。

 

そういう考えを持てば、無駄な労働、無意味な残業、そういった物を減らし、

  • 作業する時間がない
  • 会社を辞めたい

そういった悩みは解消されるはずだ。




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